2011年4月25日
全日本ホタテ貝飛ばし協会事務局・担当者からのお知らせです。
全国のホタテ貝飛ばし大会競技選手の皆さん、お元気ですか?
まずは更新が遅れましたことをお詫びいたします。
担当者の自宅付近の電話やネットの復旧に1ヶ月半を要しました。本日現在、モビリア付近はまだネットが復旧していないようです。
ホタテ貝飛ばし協会にも安否確認のメールなどをいただきました。本当にありがとうございました。
ホタテ貝飛ばし大会の選手の中にも被災した方や、原発で避難している方がいて、事務局としてもとても心配していました…。
ホタテ貝飛ばし協会では、本来であれば、3月中に5月の大会開催要項を発表する予定でした。
ところが、3月11日午後2時46分、皆さんもご存知のように東北地方を中心として、大震災が起こりました。
このホタテ貝飛ばし協会がある岩手県陸前高田市の中心部となる市街地は3000戸の住宅・事業所が消失し、他の地域も合わせると3600戸が消失するという事態となりました。
大会会場であり、ホタテ貝飛ばし協会がある「オートキャンプ場モビリア」は皆さんご存知のように高台にあるため、建物とスタッフさんは無事でしたが、震災直後から近所で被災した方々を受け入れ、急遽300人を受け入れる避難所となり(現在は減っています)、モビリアはその日からずっと避難所の運営、対策本部との連絡、岩手県庁との連絡、物資の受け入れなど、休むことなく動き続けています。
外部の私が客観的に見てもモビリアは素晴らしいキャンプ場です。
広い施設や上下水道の設備、スタッフの管理が行き届き、非常に快適な空間を誇っていたと思います。
その施設こそが、まさに避難所としての機能を高く有していたと思います。
モビリアは自前の水道設備、ランタンなどの照明器具、多くのバーベキューコンロと炭、寝具、高齢者・障がい者さんを受け入れることができる宿泊棟など、そして、施設管理者がいる避難所として皆さんのために提供できる多くのものがありました。
改めて「キャンプ」とは何か、不便を快適にして暮らすということはどういうことなのか、そして施設としてのホスピタリティとは何かなど、本質を見ることができた思いです。
震災から3日ほど経って、ようやく隣り町に移動することが可能になり(当初は町内での移動すら困難でした)、モビリアを訪問した私を迎えてくれたのは「いつもの蒲生支配人」でした。
いえ、支配人も疲労していたことでしょう。多くの知人、関係者が行方不明の中でスタッフみんなも悲しく、不安でたまらなかったはずですが、いつものスタッフでした。
「このスタッフがいる限りモビリアは鉄壁だ」と思いました。
被災した皆さんは本当に大変です。でも、その被災者さんとモビリアが共に協力し合い、適正な避難所運営がなされています。被災者の皆さんとモビリアスタッフの頑張りには頭を垂れるしかありません…。
そして、ホタテ貝飛ばし大会の競技会場であったモビリアのフリーサイトは当面、仮設住宅が建てられることになりました(当局から発表済みで、すでに建設も始まりました)。平地が全て津波に押し流された陸前高田市においては、モビリアは非常に貴重な「高台の安全地帯で、しかも広い平地」なのです。
モビリアは外部の人間が入ると目立つ施設でもあるので、あの広いフリーサイトで被災者の皆さんが安心して落ち着いた生活ができればいいなと思っています。
モビリアは芝や暗渠もありますので、他の仮設住宅よりも泥汚れなどが少ないのではないでしょうか。
被災者さんの生活が仮設とはいえ、モビリアという場所で少しでも楽になれば…と思います。
この5月に第13回を迎える予定であった全日本ホタテ貝飛ばし大会は、しばらくお休みをいただきます。
この陸前高田市が復興し、いつかホタテ貝飛ばし大会が開催できる状況がまた来ると思います。
その時まで、しばらくお待ちくださいますよう、お願い申し上げます。
広田湾の漁業施設はほぼ全て失われ、ホタテのいかだも消失しました。
モビリアの利用者さんが陸前高田にお越しの際に利用していたスーパー「リプル」、その隣りにあったホームセンター「コメリ」、その他にも「ツルハドラッグ」、「しまむら」、「モスバーガー」、「ローソン」、各ラーメン店など、残念ですが、基礎部分すらほとんど残っておらず、土の平原という状況です。バイパス周辺はガレキすらも津波に持って行かれたためです。
道の駅とキャピタルホテルは、建物は残っています。
キャピタルホテルの前は今、海になっています。ホテルやリプルがあった国道45号線高田バイパスの横まで海になっています(テレビ番組や、グーグルの被災マップでご覧になった方も多いかと思います)。アスファルトがはがれ、砂利道となったバイパスは車の走行が可能ですが、風や雨の日は通行止めです(山際の道路を通行しています)。
モビリアに最も近かった小友町内の小さなスーパー「マルミヤ」さんはお店の駐車場にプレハブを建てて営業を再開しています。現在、広田町・小友町の広田半島で唯一のお店です。
皆さんが夏に泳いだ高田松原と広田海水浴場は消失しました。砂浜はもうありません。
しかし、しかし!自然は大きく、そしてあたたかく、時に厳しく、そして不思議なものです。時間が経てば、海がまた再生し、砂浜が戻ってくるのではないかと感じます。自然には人智を超えた力があることを信じて止みません。
自然を愛し、キャンプを愛する皆さんにはそのことを同じように信じてもらえるのではないかと思っています。
なお、広田海水浴場(通称:田谷浜)の隣りにある通称:大野浜(海の家がない方の浜)は砂浜が残りました。今年や来年は難しいでしょうけど、また泳げると思います。
今はこんな陸前高田市ですが、必ず復興します。
そのときまでどうか長い目でみていただき、当協会がホタテ貝飛ばしという競技を再開できることになりましたら、またご参加いただければ…と切に思います。
モビリアはしばらくの間、被災者さんたちと共に過ごすことになります。
モビリアという施設自体が、多くの「人」を受け入れる施設です。その使命が変わることはないと思います。
陸前高田も桜が咲きました。
海は春の陽射しを浴びて、今日も水面が美しい反射光でキラキラと輝いています。
でも、今はその変わらない海を見ると、海自体は変わらないからこそ、その対比として、海岸の人工物が崩壊し、多くの人の命が奪われた悲しみも感じます。
反面、変わらないからこそ、沿岸の人々はこの海を愛し、長い長い間共に生きてきました。
何度も津波に蹂躙されてきた沿岸地域は、また昔と同じように人々の努力によって復興し、また皆さんに魚介類を届けたり、また訪問していただけるように必ずなります。
そのときまで、少し時間をください。
日本全国の皆さんのご援助、ご声援のおかげで陸前高田市は一歩また一歩と足を踏み出しています。
本当にありがとうございます。
そこで、幻の第13回全日本ホタテ貝飛ばし大会を開催するまで、選手の皆さんは体を鍛えることを怠らないようにお願いしますね!
小学生選手は中学生になるかもしれませんね。距離を投げられなくなる年配チームもいることでしょう。
しかし、皆さんでまた新しい世界記録を生み出しましょう!
その日はホタテ貝飛ばし協会会長である蒲生支配人のパワーアップしたコスプレが皆さんをお迎えすることでしょう。
いつかはわからないその日まで、協会事務局はモビリアを待ち続けます。
そして、必ず、皆さんとまた大会を開きたいと思っています。
その日まで、ちょっとの間だけお別れです。
皆さんのお顔を見れる日を楽しみにしています。
この度のご支援、ご声援に本当に感謝しています。ありがとうございました。
平成23年4月25日
全日本ホタテ貝飛ばし協会・事務局担当者より